10年以上前に読んだことのある、「辞職そして追悼」(resignation and postmortem) という文章を久しぶりに読み直してみました。
まず、言葉の定義から。
目次
NetScapeとMozilla
NetScapeは、ネットスケープコミュニケーションズ社によって開発された、かつて存在したブラウザ。
1994年頃は圧倒的なシェアがありました。
Mozilla Foundationは、NetScapeの資産をオープンソースの形で継承した財団。
Mozillaの読み方は、モジラです。
現在、Mozilla財団の主力な製品は、Firefoxです。
「辞職そして追悼」(resignation and postmortem) について
この文章はネットスケープコミュニケーションズの20人目の社員であるジェイミー・ザウィンスキーが書いたものです。
(resignation and postmortem.のオリジナル)
(辞職そして追悼。こちらは日本語訳)
ネットスケープコミュニケーションズ社についてはこちらもご覧ください。
ネットスケープのインターネット業界への貢献は大きく、JavaScript、RDF/RSS、 SSL といった現在でも使われている技術を生み出しています。
ジェイミー・ザウィンスキーの「辞職そして追悼」は、オープンソースビジネスやMozilla(モジラ)プロジェクトの黎明期の時代背景を記した興味深い文章です。
この文章が書かれてから20年近く経過し、さて時代はどう変わったのでしょうか?
考察してみました。
「辞職そして追悼」(resignation and postmortem) の時代背景
この文章が書かれたのは1999年3月31日、ジェイミー・ザウィンスキーが勤めていたAOL(アメリカンオンライン)を辞める前日に書かれたとされる文章です。
時代背景としては、1990年代の後半のソフトウェア、インターネット業界を映しています。
1994~1995年ごろには、時代の寵児でもあったネットスケープコミュニケーションズが、いわゆる第一次ブラウザ戦争でマイクロソフトのインターネットエクスプローラーに敗北しました。
その後、迷走し始めたネットスケープコミュニケーションズは、1998年にインターネットサービス大手のAOLに買収されました。
ネットスケープコミュニケーションズはこの頃、Netscapeというブラウザをオープンソースとして公開することを発表しました。
ジェイミー・ザウィンスキーは、Netscapeのオープンソース版であるMozillaプロジェクトの中心的な開発者でした。
ジョエルオンソフトウェアという本の著書であるジェョエル・スポルスキーは、ジェイミー・ザウィンスキーのことをダクトテーププログラマーと呼んでいます。
ダクトテープは日本語ではガムテープのことです。
ダクトテーププログラマーの真の意味は分からないですが、一言でいうとスーパープログラマー的な意味でしょうか。
ジョエルオンソフトウェアについては以下にまとめました。
辞職そして追悼。の感想、考察など
辞職そして追悼。の感想、考察をまとめてみました。
「辞職そして追悼。」の日本語訳は以下からの引用です。
1999 年 4 月 1 日は、ぼくが America Online 社 Netscape Communications 事業部門の従業員であり、そして mozilla.org のために働く最後の日となる。
Netscape にはかなり長いこと、えらくがっかりさせられてきた。ぼくたちがこの会社を始めたとき、世界を変えてやるつもりだった。そして、ぼくたちは変えてみせた。ぼくたちがやらなくても、その変化は多分、6 ヶ月だか 1 年だかたてば起こっただろう。だれがそれをどういうふうにやったかは知るよしもないけれど。でも、それを実際にやったのはぼくたちだった。買物袋に印刷された URL、ビルボードの上の URL、トラックの両サイドの URL、そして、スタジオロゴのすぐ後に映画上映の最後としてクレジットされる URL が見られるようになったが、それはぼくたちの仕業だ。ぼくたちがそこまで世界を変えたのだ。ぼくたちはインターネットを普通の人たちの手の届くものにした。ぼくたちは、新しいコミュニケーションのメディアの先鞭を切ったのだ。ぼくたちは世界を変えた。
でも、それをやったのは 1994~1995 年のことだった。1996 年から 1999 年にやったことは、以前にやったことから生じた波に乗り、惰性で進んできただけだ。
なぜか? 会社がイノベーションを止めてしまったからだ。会社は大きくなり、そして大会社はどうしても創造性がなくなる。例外はもちろんある。しかし一般的に、すごいことをやるのは、動機づけが高く、目的を一つにした人たちの小集団だ。関わる人たちが増えれば増えるほど、その集団はグズでまぬけになる。
1994年創業のネットスケープコミュニケーションズの初期は、確かにあの当時のマイクロソフトに唯一勝てそうなソフトウェア企業でしたね。
「すごいことをやるのは、動機づけが高く、目的を一つにした人たちの小集団」というのは、恐らくその後の多くの成功したスタートアップに共通したこと。
アップルのジョブス、グーグルのラリーペイジとセルゲイブリン、アマゾンのジェフベゾスなど、成功したスタートアップはどこも最初は小集団の有能な人からのスタートです。
また、別の要因が生まれてくる。つまり、ぼくたちの業界では、人を二種類に分けることができる。一方は、会社を成功させたいために働きたい人。他方は、成功した会社で働きたい人だ。 Netscape の早期の成功と急速な成長により、ぼくたちには前者の人がこなくなり、後者の人ばかりが集まりだした。
これもよくあるベンチャーのその後の話。
成功した会社は輝いて見えて、成功した会社で働きたい人ばかりが増えて来る。
成功した会社で働きたい人の動機づけは悪いとは思わないけれど、そんな人ばっかりになると当然会社は停滞しますね。
ここを乗り越えられるかどうかが継続的な成長のカギになるかと。
そこへまったく予想もしない出来事が起きた。経営陣がソースコードを開放することを決心したのだ。
ぼくにとって大切だった Netscape は、死んでしまっていた。
しかし、ぼくには、mozilla.org は、避難用ポッドを射出するチャンスのように見えた。ぼくたちが苦労して書いてきたコードに、Netscape の死を超えても生き延びるチャンスと、世界にとってなんらかの意味を持ち続ける機会を与えるチャンスだ。
Netscapeは、1996年ごろより製品出荷が遅れ、みるみるうちにマイクロソフトのインターネットエクスプローラーにシェアを奪われていきます。
そこで、遂にAOLへの買収とNetscapeのオープンソース化が発表されました。
この当時、市場シェアの低下したNetscapeをオープンソースにして果たしてどうなるか、恐らく誰も予想は出来なかったでしょう。
ただ、ジェイミー・ザウィンスキーには、Netscapeのオープンソース版であるmozillaプロジェクトが、Netscapeが生き延びる唯一の道に見えたようです。
そして Mozilla プロジェクト開始から1年が過ぎた。ぼくたちは、いまだベータ版さえ出荷していない。
1999年になっても、オープンソース版のmozillaは少しも開発は進まず、リリースする見込みもありませんでした。
理由は「辞職そして追悼。」の中で5つほど書かれています。
中でも最悪なことは、mozilla.org が netscape.com ではないということをみんなに納得させるために、ぼくが多大な時間を費やして格闘してきたということである。ぼくはみんなに、何度も何度も繰り返し、言ってきた。mozilla.org という組織は、Netscape クライアント・エンジニアリング・グループの希望だけにしたがうものではない。むしろ、だれであれMozillaプロジェクトのすべての貢献者の希望にしたがうものなんだ、と。そして、これは確かに真実である。しかし事実上は、Netscape 社で働いていない人たちからの貢献は本当に少なかった。だから mozilla と netscape の区別云々も、現実にはいささか理屈上のものでしかなくなってしまった。
これはよくある間違い。
名称はとても大事。
多くの人にとって、mozillaとnetscapeの区別がつかない。
もっとシンプルに、オープンソース版のみに統一したほうがよかったのでは?ないでしょうか。
オープンソースはうまく働くものである。しかし、最も大切なことは、何にでも効くような特効薬ではないということだ。もし、ここに教訓があるとすれば、死にかけたプロジェクトをつかまえて、オープンソースという魔法の妖精の粉をふりかけて、すべてが魔法のようにうまく行くなどということはない、ということだ。ソフトウェアは難しい。
最後の締めくくりの言葉。
オープンソースというのは何でも成功する特効薬ではない。
文章の中の別の所でも、大切なことは動機づけであることを語っていますね。
さて、1999年4月1日にAOLを辞めたジェイミー・ザウィンスキーですが、現在はDNAラウンジというナイトクラブのオーナーなんだそうです。
ソフトウェアをやっていないのが超意外。
現在のブラウザのシェア
それでは、ジェイミー・ザウィンスキーがAOLを辞めて20年近くたったブラウザのシェアを見てみましょう。
シェアについてはグローバルなシェア統計サービスのstatcounter
からの引用です。
ブラウザのマーケットシェア (デスクトップOS)
2018年のデスクトップOS (PC)での世界のブラウザのシェアは次の通りです。
Chrome 63.98%
Firefox 13.51%
IE 8.59%
Safari 5.52%
Edge 3.98%
なんと、Mozillaから派生したFirefoxが、IEよりもシェアがあるとは!
一方、WindowsやMacなどのデスクトップOSとは無関係のGoogle Chromeが、ダントツのシェアとは意外。
ユーザーがChromeを選ぶのは、Googleの検索エンジンとの親和性が一番という理由なんでしょうか。
ブラウザのマーケットシェア (全てのプラットフォーム)
2018年のスマホを含めたすべてのプラットフォームでの世界のブラウザのシェアは次の通りです。
Chrome 54.56%
Safari 14.49%
UC Browser 8.23%
Firefox 6.05%
Opera 3.83%
IE 3.76%
スマホ、タブレットを含めると、Firefoxは4位、IEは6位です。
いまやスマホではChrome、Safariが中心ですが、mozillaが元祖のFirefoxも消えたわけではなく、人気を保っているので、オープンソース版NetscapeであるFirefoxは一定の成功と言ってよいのではないでしょうか。
現在の状況、ジェイミー・ザウィンスキーはどう見ているのでしょうか。
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